伊勢崎町あたりから野毛に向かい、下から上へと焼夷弾が落とされたそうです。祖母は野毛界隈に住んでおり、消防団の方から、上に逃げよと指示されたそうですが、逆らって焼けた方面に逃げたそうです。
弾を落とした場所を攻めないだろう。当たったら。仕方無し。上は攻められる。そう考えたそうです。
結果、祖母は生き残り、上へと逃げた、ご近所様は亡くなった。「たとえ、誰が何と言おうが、自分で良しと思ったら、進みなさい」祖母、母、私への教えです。
祖母は私が5歳の時に、事故で亡くなりました。相手は在日米軍。インターネットの検索では、老母としかありません。祖母には名があり、祖母が生き延び、私がいます。
国策の前に個人は無力。従うしかありません。しかし、無益な闘いは阻止できます。声を上げ、断固として主張する事から始まる。私は、いつも立ち止まり考え、立ち向かっています。