ふと立ち寄った
古びたカフェ
いらっしゃいの
声もない
席に座った
目の前に
赤いチヨッキの
初老の紳士
黙って水と
おしぼりを
机に置いた音だけが
店の中にこだまする
立てかけてある
メニュー表
目でおいしばらく
考える
うちはサイフォン
仕立てでね
丁寧にいれて
さしあげますよ
初老の紳士は
目を合わさずに
呟くように
こういった
時計の針が
注文まだかと
コチコチコチと
せわしない
お嬢さん
私に任せて
ごらんなさい
初老の紳士が
ボソリと言った
パタリと
メニューを戻した私
味わいながら水のんで
手指の汚れを拭いて取る
プックリ膨らむ
コーヒー豆に
コポコポコポと
湯が注がれる
その花は
白たんぽぽさ
初老の紳士が
わたしに言った
聞こえないふり
聞かぬふり
波風立てぬが
わたし流
コトリと置かれた
コーヒーカップ
不釣り合いな
豪華な器
何も入れずに
お飲みなさいよ
そこから先は
お好みで
一口飲んで
吐き出した
あたしは彼を
愛しているの
窓から光が
さしこんで
うつわのふち
反射した
初老の紳士は
微笑んで
ゆっくりお飲みと
席を立つ
どうか
このまま冷めぬよに
うつわをそっと
両手で包む